2020年に生じた新型コロナウイルスによるパンデミックにおいては、携帯電話を活用した感染症対策が多数登場しました。日本では、2017年頃より厚生労働省のグループが研究を始め、2019年に携帯電話の在圏情報を活用した接触リスク管理技術に関して世界に先駆ける研究成果をあげています。感染症対策に際しては、特に位置情報やBluetooth等の携帯電話関連技術を用いた、望ましいデータ利用とプライバシー・人権の保護のあり方に関して情報工学と倫理的・法的・社会学的課題(ELSI)の観点から多角的に検討を行う必要があります。
本研究では、携帯電話関連の科学技術が、人・社会と調和し、感染症対策として実装される実践的協業モデルを目指しています。
パンデミック対策として政府が導⼊したCOCOA に代表されるBluetooth 型の接触確認アプリには、「アプリ利⽤率が増えない限り機能しない」、「距離のある感染を検知できない」、「誤検知が多発する」、「保健所の負担を増⼤させる」といった多くの技術的な問題点が指摘されました。しかし、プライバシ保護の観点から政府は性能評価や改善を⾏うことが困難でした。
北⾒⼯業⼤学では、接触確認技術の性能評価と改善に向けて、接触データを効率的に記録し集約する研究⽤スマートフォンアプリFolkBears を開発しました。学生や教職員のスマートフォンに導入する試みを進めてきました。「キャンパス内でのみ接触を記録する」ことにより、プライバシ上の問題を解決しつつ、⻑期にわたり接触データを⾼精度に観測する仕組みを構築しました。
厚⽣労働省の⽀援を得つつパンデミック以前より研究を進めていた⼿法 CIRCLE 法(Computation of Infection Risk via Confidential Locational Entries)があります。この方法は、「COCOA」のようなアプリケーションのBluetooth 方式では解決が難しいとされる、触るものを介した感染や換気の悪い密閉空間における接触リスクを検知することができる方法です。携帯電話キャリアが保有する基地局の在圏情報を利⽤することによって、アプリ利用率に依存せず多彩な感染様式に対応した接触リスク通知を行うことができます。
また、携帯の位置情報を用いることにはプライバシー上の問題が懸念されてきましたが、提案手法では、携帯利用者、患者双方のプライバシーに配慮した形で接触リスクの計算を行うことが実現します。
今後、次世代の接触確認アプリの研究開発や新型コロナウイルスの感染動態の解明、⾼精度な感染シミュレーションの実現に繋がることが期待されます。
奥村 貴史Takashi Okumura
機械電気系 教授