多くの植物は決まった場所でその一生を送り、厳しい自然環境にさらされています。一般的に生物が、刻々と移り変わる状況を生き抜くためには、敏感に環境の変化を察知し対応する必要があります。人間など動物であれば、目で見たり耳で聞いたり鼻でかいだりできますが、植物の場合はどうやって環境を理解しているのでしょうか?私たちの研究室では、普段地下にあるために目に触れる機会の少ない、根を対象に研究を行なっています。
掘り起こせば無骨に見える根も、実は環境変化に敏感な器官です。シロイヌナズナや作物などのモデル植物の根を用いて、組織・細胞レベルでの、環境への適応・応答メカニズムについて研究を行なっています。研究は実験室内レベルから、実験用圃場までカバーしています。かつて生産量世界一を誇った、北海道オホーツク北見の特産であるハッカ植物を用いた研究も行なっています。
植物の根は普段我々の目に触れないために、根に「動き」があることはあまり知られていませんが、根は複雑な環境を生き延びるために自らの伸長速度や方向をコントロールする「屈性」という能力を有しています。この屈性のおかげで、真っ暗闇でも水分や養分の方向、重力の方向などの環境情報を統合しながらサバイバルしていけます。
また、植物の根は光に応答することが知られており、根の光応答にかかわる細胞・組織レベルでの知見をもとに、植物工場や圃場などにおいて人工的に根の張りや養分の吸収などのコントロールが可能となるような栽培実験も行っています。
全身麻酔薬の発見以来、麻酔が意識を失わせるメカニズムについて、これまでに科学的な回答を得ていません。私たちは、触ると葉を閉じるオジギソウも麻酔にかかり、その時、細胞膜の状態が撹乱されていることを明らかにしました。植物組織、細胞を「生きたまま」のモデルとして利用し、麻酔の謎に迫る研究を行っています。さらに、麻酔薬の農業・園芸分野への応用研究を行っています。
古くよりハーブなどの植物は、病気治療のための薬草としてのみでなく、食品に香りを加えることでの食欲増進や保存の目的で古くから用いられてきました。ハーブの多くは、葉の表面の腺鱗(せんりん)と呼ばれるカプセル状の器官内に、テルペン類など二次代謝物を生合成・蓄積します。テルペン類は分子構造が複雑なため、人工的な全合成に成功していないものが多く、現在も原料植物からの成分供給に頼っているものも少なくありません。
そこで、かつて北海道・北見が作付け世界一であったニホンハッカをモデルとして利用し、植物の育つ環境に応じた腺鱗内のテルペン類の調節メカニズムの解明を目指し、遺伝子レベルや細胞レベルに着目した研究を行っています。
植物には、まだ知られていない力が数多くあります。植物が厳しい環境の中で生き延びるために、根がどのように振る舞うのか、香りの成分がどのような過程で生み出されるのかを研究しています。土の中で根は、水分の多い方向を選び、固い部分を避けながら少しずつ伸びていきます。
その動きは、長年観察していても飽きません。こうした基礎的な研究は、植物学にとどまらず、医学の分野にも広がっており、慶應義塾大学医学部と協力し、植物を手がかりに全身麻酔の仕組みを探るなど世界的にも珍しい取り組みも行っています。
また、研究を深めていく先には、香料分野での応用やスタートアップの立上げなど、社会とつながる可能性も見えてきます。植物と向き合う日々は、小さな発見の積み重ねであり、その一つひとつが研究の原動力になっています。
陽川 憲Ken Yokawa
応用化学系 准教授